1. 中小企業が置かれた現実——狙われるのは大企業だけではない
「うちは中小企業だから、サイバー攻撃には狙われないだろう」——そう考えているなら、認識を改める必要があります。攻撃者は、むしろセキュリティ対策が手薄な中小企業を狙います。大企業に侵入するための踏み台として、あるいは直接の標的として、中小企業への攻撃は増えています。特に、大企業の取引先である中小企業は、サプライチェーン攻撃の入口として狙われます。
一方で、中小企業には、大企業のような潤沢な予算も、専任のセキュリティ担当者もいないことが多いのが現実です。「何から手をつければいいか分からない」「限られた予算で、最も効果的な対策をしたい」——これが、多くの中小企業の本音でしょう。そこで本記事では、限られた予算・人員で、最も費用対効果が高く、最も多くの攻撃を防げる認証対策を、優先順位をつけて解説します。全部を一度にやる必要はありません。効果の高いものから、順に取り組めばよいのです。
「認証」が最優先である理由
限られた予算の中で、なぜ「認証」を優先すべきなのか。それは、多くのサイバー攻撃が、認証の突破から始まるからです。盗まれたパスワード、放置されたアカウント、弱い認証——これらを突かれて侵入されます。逆に言えば、認証を固めることが、最も多くの攻撃を、最も少ない労力で防ぐ方法なのです。世界的なセキュリティ指針も、認証・アカウント管理を最優先の基本対策に位置づけています。
2. 最初に取り組むべき認証対策の優先順位
中小企業が取り組むべき認証対策を、費用対効果の高い順に整理すると、次のようになります。
| 優先度 | 対策 | 効果 |
|---|---|---|
| 1(最優先) | 多要素認証(MFA)の導入 | パスワードが漏れても侵入を防ぐ。最も費用対効果が高い |
| 2 | 退職者アカウントの確実な削除 | 放置アカウントという侵入口をなくす。費用ほぼゼロ |
| 3 | パスワードの使い回しをなくす | リスト型攻撃を防ぐ。パスワードマネージャー等で対応 |
| 4 | VPN・リモートアクセスの認証強化 | 社外からの侵入口を固める |
| 5(目指す先) | パスワードレス認証への移行 | フィッシングにも強く、悩みを根本解消 |
このうち、まず取り組むべきは1と2です。これらは費用対効果が非常に高く、限られた予算でも実行しやすい対策です。以下、特に重要な1と2を詳しく見ていきましょう。
3. 最優先:多要素認証(MFA)の導入
中小企業がまず取り組むべき、最も費用対効果の高い対策が多要素認証(MFA)の導入です。
パスワードだけの認証は、パスワードが漏れた瞬間に突破されます。フィッシング、リスト型攻撃、漏えい——パスワードは様々な形で盗まれます。MFAがあれば、パスワードが漏れても、もう1つの認証要素がなければログインできません。これだけで、多くの攻撃を防げます。特に、メール、クラウドサービス、リモートアクセスなど、外部から使うものには、優先的にMFAを設定すべきです。
多くのクラウドサービスは、標準でMFA機能を備えており、追加費用なしで有効にできることも少なくありません。まずは、使っているサービスのMFA機能を確認し、有効にすることから始めましょう。これは、費用をほとんどかけずに、セキュリティを大きく高められる、中小企業にとって最優先の対策です。「MFAを設定する」——これが、認証対策の第一歩です。
まだMFAがないなら、それが最大のリスク
もし自社が、いまだにパスワードだけで重要なサービスにログインしているなら、それは最大のリスクです。攻撃者にとって、パスワードだけの認証は最も破りやすい標的です。予算や体制を理由にMFAを後回しにしているうちに、被害に遭ってしまっては元も子もありません。MFAは、多くの場合追加費用なしで設定でき、効果は絶大です。最優先で取り組んでください。
4. 次に:退職者アカウントの確実な削除
MFAの次に取り組むべき、そして費用がほとんどかからないのが、退職者アカウントの確実な削除です。
退職した社員のアカウントが、削除されずに残っている——これは、多くの中小企業で起きている、見過ごされがちなリスクです。放置されたアカウントは、誰にも監視されず、退職した本人や、それを乗っ取った攻撃者に悪用されても気づかれにくい、格好の侵入口になります。
対策はシンプルです。社員が退職・契約終了したら、その人のアカウントを、すべてのサービスで確実に無効化すること。そのためには、「どの社員が、どのサービスのアカウントを持っているか」を把握しておく必要があります。中小企業なら、まずは一覧表などで管理を始めるだけでも効果があります。さらにアカウントが増えてきたら、ID管理ツールで自動化することも検討できます。費用をかけずに始められ、大きなリスクを防げる——退職者アカウントの管理は、中小企業がすぐに取り組むべき対策です。
5. 目指す先——パスワードレスへ
MFAの導入、退職者アカウントの削除、使い回しの解消——これらの基本的な対策を進めた先で、中小企業が目指すべきなのがパスワードレス認証です。
「パスワードレスは、大企業がやることでは?」と思われるかもしれません。しかし、実はパスワードレス認証は、中小企業にとってもメリットが大きいのです。パスワードレスにすれば、パスワードの管理・変更・漏えいに悩む必要がなくなり、フィッシングにも強くなります。限られた人員でセキュリティを管理する中小企業にとって、「パスワードにまつわる悩みが根本からなくなる」ことは、大きな負担軽減になります。
そして、パスワードレス認証(FIDO2/パスキー)は、いまや特別な大企業向けの技術ではありません。スマートフォンの生体認証などを使って、比較的手軽に導入できるようになっています。世界のセキュリティガイドラインも、パスワードレスへの移行を明確に示しています。中小企業も、まずはMFAなどの基本対策から始めつつ、その先に「パスワードレス」という目標を見据えることをおすすめします。段階を踏んで、着実に認証を強化していけば、限られた予算でも、大企業に劣らないセキュリティを実現できます。
6. まとめ
中小企業が最初に導入すべき認証対策は、費用対効果の高いものから、優先順位をつけて取り組むことです。最優先は多要素認証(MFA)の導入——多くの場合追加費用なしで設定でき、最も多くの攻撃を防げます。次に、費用のかからない退職者アカウントの確実な削除。これらだけでも、セキュリティは大きく高まります。
そして、その先に目指すべきは、パスワードレス認証です。パスワードの悩みを根本から解消し、フィッシングにも強くなるパスワードレスは、限られた人員でセキュリティを管理する中小企業にこそ、大きなメリットがあります。「中小企業だから」とセキュリティを諦める必要はありません。効果の高い対策から順に、着実に進めていけば、限られた予算でも堅牢なセキュリティを実現できます。何から始めればよいか迷ったら、まずはMFAの設定から。そして、進め方に不安があれば、専門家に相談することをおすすめします。