ID・アクセス管理

医療機関のID管理とは?電子カルテ・共有端末を守る認証とアクセス管理の実務

2026年3月2日 読了約12分 Net Peace編集部 医療機関, 電子カルテ, 要配慮個人情報, 認証

1. なぜ医療機関でID管理が重要なのか

医療機関は、情報セキュリティの観点で、とりわけ慎重な対応が求められる組織です。その理由は、扱う情報の性質にあります。電子カルテに記録される患者の病歴・投薬情報・検査結果などは、個人情報保護法上、特に厳格な管理が求められる「要配慮個人情報」です。これらが漏れれば、患者のプライバシーに重大な影響を及ぼします。

加えて、医療機関へのサイバー攻撃は、単なる情報漏えいにとどまりません。ランサムウェアによって電子カルテが使えなくなれば、診療そのものが停止し、患者の生命・健康に直結する事態になります。実際、国内でも病院がランサムウェア被害を受け、長期間にわたって診療が制限された事例が報告されています。こうした攻撃の多くは、認証の弱さやアクセス管理の甘さを突いて始まります。患者情報を守り、医療を止めないために、ID管理・認証は医療機関にとって不可欠な基盤なのです。本記事では、医療機関のID管理の実務を解説します。

「情報を守る」と「医療を止めない」の両立

医療機関のセキュリティには、2つの守るべきものがあります。1つは患者の機微な情報、もう1つは医療サービスの継続です。この2つは、どちらも患者のためのものであり、ID管理・認証はその両方を支えます。適切なアクセス管理は情報を守り、確実な認証は攻撃の侵入を防いで医療の停止を防ぎます。

2. 厚生労働省のガイドラインが求めること

医療機関の情報セキュリティ対策の基準となるのが、厚生労働省が公表する「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」です。このガイドラインは、医療情報システムを安全に運用するための具体的な指針を示しており、その中でID・アクセス管理は重要な位置を占めています。

ガイドラインが認証・アクセス管理について求める趣旨は、次のようなものです。

  • 利用者の識別と認証:医療情報システムを利用する者を、確実に識別し認証すること。誰がアクセスしたかを記録できること。
  • アクセス権の管理:職種や役割に応じて、必要な情報にだけアクセスできるようにすること(最小権限)。
  • 認証の強化:特に外部からのアクセスなど、リスクの高い場面では、より確実な認証(多要素認証など)を用いること。
  • アクセスログの記録:誰が・いつ・どの情報にアクセスしたかを記録し、監査できるようにすること。

これらは、これまでの記事で述べてきたID管理の基本——確実な識別認証、最小権限、リスクに応じた認証強化、記録——と同じです。医療機関のガイドラインも、こうした普遍的なID管理の原則を、医療という文脈で求めているのです。ガイドラインは改訂を重ねており、サイバー攻撃の動向を踏まえて認証・アクセス管理の要求も強化される傾向にあります。

3. 医療現場特有のID管理の難しさ

医療機関のID管理には、一般的なオフィスとは異なる、医療現場特有の難しさがあります。

  • 多職種が同じシステムを使う:医師、看護師、薬剤師、検査技師、事務職員など、多様な職種が電子カルテなどのシステムを利用する。職種ごとにアクセスできる情報を適切に分ける必要がある。
  • 共有端末が多い:ナースステーションや診察室の端末を、複数のスタッフが入れ替わり使う。共有端末・共有アカウントが根付きやすい。
  • 迅速な操作が求められる:救急対応など、一刻を争う場面で、素早くシステムにアクセスする必要がある。複雑なログイン手順は現場の妨げになる。
  • 24時間稼働:病院は昼夜を問わず稼働し、交代勤務でスタッフが入れ替わる。
  • 非常勤・研修医・委託先など多様な立場:常勤職員だけでなく、非常勤医師、研修医、委託業者など、様々な立場の人がアクセスする。IDの管理が煩雑になりやすい。

これらの事情から、医療現場では「共有端末を、共有アカウントで、素早く使う」という運用が定着しがちです。しかしこれは、前の記事で述べた共有アカウントの問題——誰が操作したか分からない、パスワードが変わらない——を、機微な患者情報を扱う現場で抱えることになります。医療機関のID管理は、この「現場の切実な事情」と「機微情報の保護」を両立させるという、難しい課題に向き合う必要があります。

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4. 共有端末と「なりすまし処方」のリスク

医療機関のID管理で特に注意すべきなのが、共有端末・共有アカウントによる「なりすまし」のリスクです。

たとえば、ある医師がログインした端末を、ログアウトせずにその場を離れたとします。その間に別のスタッフがその端末を使えば、システム上は「その医師が操作した」ことになってしまいます。処方や検査指示など、医療行為に関わる重要な操作が、実際とは異なる名義で記録される——これは医療安全と記録の正確性に関わる深刻な問題です。誰が本当にその指示を出したのかが曖昧になれば、医療事故が起きたときの原因究明も、責任の所在も不明確になります。

  • 操作の記録が信頼できなくなる:共有アカウントや、ログインしっぱなしの端末では、「誰が本当に操作したか」が記録から分からない。
  • 不正アクセスの温床:共有パスワードは変わりにくく、退職者や委託先も知ったまま。不正なアクセスに気づけない。
  • 監査・インシデント対応ができない:情報漏えいや不適切なアクセスが疑われても、個人単位で追跡できなければ調査できない。

医療における「誰が」は、命に関わる
一般企業でも「誰が操作したか」は重要ですが、医療機関では、それが患者の命に直結します。処方、投薬、検査指示——これらが「誰の指示か」正確に記録されていなければ、医療安全が揺らぎます。だからこそ、医療機関では「端末は共有でも、ログインは個人ごと」を実現し、操作を確実に個人へ紐づけることが、とりわけ強く求められます。共有アカウントの解消は、情報保護だけでなく医療安全の課題でもあるのです。

5. 医療機関が取り組むべきID管理

医療機関が、現場の事情に配慮しながらID管理を強化するための実務ポイントを整理します。

  1. 共有アカウントを個人認証にする:電子カルテなどの操作を個人単位で記録できるよう、共有アカウントを個人認証へ移行する。医療安全と情報保護の両面で最重要。
  2. 現場を止めない認証手段を選ぶ:ICカード(職員証)をかざす、生体認証など、素早くログインできる手段を選ぶ。救急など迅速さが求められる場面でも使える形に。パスワード入力の手間を減らす。
  3. 職種・役割ごとにアクセス権を分ける:医師、看護師、事務など、職種に応じて必要な情報にだけアクセスできるようにする(最小権限)。
  4. 自動ログアウトを設定する:端末から離れた際に自動でログアウトし、なりすまし操作を防ぐ。
  5. 外部アクセスを強く認証する:リモートでの電子カルテ参照や、システムベンダーの保守アクセスなど、外部からのアクセスには多要素認証を適用する。
  6. アクセスログを記録・保全する:個人単位のアクセスログを記録し、監査・インシデント対応に備える。
  7. IDのライフサイクルを管理する:職員の入職・異動・退職、非常勤や委託先の契約に応じて、IDと権限を確実に管理する。

これらの中でも、土台になるのは「共有アカウントの解消と、現場を止めない個人認証」です。ここが実現できれば、記録の正確性も、アクセス制御も、監査対応も回り始めます。鍵になるのは、医療現場の忙しさを妨げない、素早い認証手段の採用です。セキュリティのために現場に負担を強いるのではなく、現場が自然に使える形で個人認証を実現することが、医療機関のID管理を成功させる勘所です。

6. 患者情報と医療の継続を守る

医療機関のID管理は、患者の機微な情報を守ると同時に、医療サービスの継続を守り、さらには医療行為の記録の正確性——すなわち医療安全——を支える、多面的な重要性を持っています。要配慮個人情報を扱い、共有端末が多く、迅速さが求められ、24時間稼働するという医療現場特有の事情の中で、これらを守るのは容易ではありません。だからこそ、現場の実情に合ったID管理の工夫が求められます。

厚生労働省のガイドラインが求める、確実な識別認証・最小権限・認証強化・記録は、いずれもID管理の基本です。そして、その基本を医療現場で機能させる鍵は、共有アカウントを、現場を止めない素早い個人認証へ移すことにあります。ICカードや生体認証で数秒でログインでき、誰が操作したかが確実に記録される——そんな仕組みがあれば、忙しい医療現場を妨げることなく、患者情報も医療安全も守れます。

自院のID管理が、共有アカウントのまま「誰が操作したか」が曖昧になっていないか、外部からのアクセスがパスワードだけで守られていないか、一度点検してみることをおすすめします。患者のために情報を守り、医療を止めず、記録の正確性を保つ——その土台となるID管理を、現場に無理なく整えていくことが、これからの医療機関に求められています。

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Net Peace編集部

サイバーセキュリティ専門チーム

FIDO2・ゼロトラスト・ID管理・eKYCを専門とするセキュリティエンジニアチームです。厚生労働省・IPA・NIST等の公表情報と実務経験に基づいて記事を作成しています。

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